PRESIDENTS DIARY 2004

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  • DEEP STREAM代表および副代表、計3名による日記です。
  • ↑一応紹介しておくと、増田(広島弁)、佐柄(ベイファン)、土橋(ぶりっこ)です。
  • 時にまじめに、時にくだらなく。
  • 励ましのお便りは deepstream@yr.boo.jpまで。

  •   ん〜
    Date : 2005-03-21 (Mon)

    世代交代ということで、ラストの投稿。
    毎日、就職活動で充実した日々を送っております。

    早くサークルしたい。けど就活は精一杯やりたいから、終わるまでは完全にお休み。

    今度は、新歓ライブか。楽しみだ。レディヘやってから、もう一年経つのか、早いなぁ。

    今は就職へ向けて頑張り、それが一段落したら最後の一年サークルにハッスルしようっと。
    代表日記お世話になりました。ではでは           佐柄裕大





      ブログで〜          増田
    Date : 2005-03-01 (Tue)

    最近、’05代表が決まり、代表日記は誰がかくんかぁ!?
    っていう状況ですね。ここんと頃、増田は代表日記も書かんとブログやってました。(一般の規格性に惹かれて)
    しばらくブログやってるんで。そちらの方でも日記を読んでください。


    ユメテンソル
    http://blog.livedoor.jp/kensonic4/

    代表日記とは目的は違うかもしれませんが内容的には大差ありゃぁしません。




      第八回
    Date : 2005-02-12 (Sat)

     朝、豚の悲鳴が聞こえて目が覚めた。村に降りていくと、豚の解体イベントが終了していた。前日に、そういう情報を小耳にはさんでいたが、ついつい寝過ごしてしまった。先輩の一人は、まんまとそのイベントに参加し、解体作業に加わったと聞いた。Tシャツには生々しい返り血の後が。海岸の砂利にも豚の血液がたくさん見られた。
     村中の人が広場的な場所に集まり、各部位を様々な方法で調理していっている。村の男達が、でかい包丁で豚肉をバスバスきっていく。見学していたら、豚のスープを薦めてくれた。ただ豚の脂身をちょっとした野菜と煮ただけのものだったが、異常に美味だった。脂が表面にテカテカト浮いていたが、全然脂っぽくなく、全て飲み干した。さらにおかわりもした。小豆とカボチャと豚の煮物も頂いた。これもなかなかうまい。でもスープが一番。固めのごはんと良く合う。他にも豚の皮をナンプラーみないなもので和えたものも食べた。その皮は、まだ毛が残っているところもあって、若干生臭かった。
     その後、農業をやっている女性「マリー」に話を聞きに行った。僕は、島で農業について調べた。他のメンバーも教育・ツーリズム・漁業・水供給システムなど様々なテーマを持っていた。
     ロッジの食事をする場所で、フィリピンで買った格安CDをかけながら、他のメンバーのアンケート作成を手伝った。昼から、先輩と二つ丘を越えたところにある、島の反対側にある村「cogon」に行った。ミニジャングルを通って、異常に一段が高い階段を何段も登り、かなり疲れた。
     cogonでは、ヴィセータという女の人に色々話を聞き、また色々な言葉も教えてもらった。向こうで作っていたビサヤ語辞書がどんどん充実していった。しばらくして、「おなかすいた」は現地語で何と言うのかと聞いたら、「ゴトンゥ」と教えてもらった。喜んで、それを連呼していると、ヴィセータが何やら旦那らしき人に話しかけていた。すると、その旦那らしき人がいきなり素手でヤシの木に登り、ココナッツを何個か落としてくれた。ナイフで、真っ二つに割って、二人にくれた。まず、中のココナッツジュースを飲み干すように言われ、ひたすら飲んだ、良い感じに冷えていて、以前レストランで飲んだものより格段にうまかった。しかし、いつまで経っても、中身が無くならない。ひたすら飲み続けた、1.5Lか下手したら2Lぐらいありそうな、見た目以上にかなりのボリューム。やっと飲み終え、次は中の白い果肉を食べた。ココナッツミルクは濃厚な味で、プルプルしていた。それもかなりの量。丸々一個ココナッツを平らげた。あんだけお腹がすいていたのに、満腹だった。
     夜、海岸沿いを歩いた。星がめちゃめちゃ綺麗だった。ホタルがいるらしいので、ホタル探しに出かけた。最初は数匹たまに見つけれるほどしかいなかったが、一本の木にホタルが集中していた。ウン百匹のホタルが飛びまくっていた。木の上から跳んで行くホタルが、星と混ざり合い、まるで星が動いているかのようで幻想的な光景だった。最高に感動した。おまけに流れ星も見た。
     その後、村の唯一の娯楽施設、ビリヤード場に行った。台が日本で見るものよりも気持ち小さく、全然入らない。向こうの若者は流石に、そのサイズに慣れていて上手い。こっちは軽くバかにされながらも、楽しんだ。日本男児の力を次こそは見せようと、先輩と二人リベンジを誓った。
     そこで、現地の若者達にビール飲ませてもらい、久々にベロベロになった。
     寝床への帰り道、ロベルトとかいう日系のオジサンに絡まれた。自分の父親は日本人で、誰かも分からないという。しかし、今はこの島で幸せだと熱弁された。なかなかシリアスな現実を見たが、あまりのしつこさにウンザリした。「良いサービスが人生だ」と連呼していた。サービスという英語を「セルビス」と発音するので分かりにくい。
     そのロベルトのせいで、消灯時間に間に合わず、島中の電力が落ち、真っ暗に。若者やおっさんたちはロウソクの明かりで、酒を飲みながら、ワイワイやっていた。真っ暗闇の中、携帯の明かりを頼りに、階段を登り、何とか部屋に着いた。暗黒の中、水浴びも出来ないので、そのまま就寝。

    つづく           佐柄裕大




      牛丼吉野家         マスダ
    Date : 2005-02-12 (Sat)

    あ〜 間にあわなんだ。

    今日は朝からニュース番組では牛丼ファーストフード大手の吉野家が、1年前から販売を停止していた牛丼の販売を1日間限定で行うともちきりだった。
    これに関する情報は、かなり前から仕入れていた。が、まさかここまでの世間的な盛り上がりがあるとは予想していなかった。TVでは大行列の出来た吉野家の店舗が報道されていた。あそこまで、ならんで1杯の牛丼を食べる気にはなれず、ピークの時間帯をさけるため夕食のピークを過ぎたあたりにR176沿いの吉野家を訪れた。

    「完売しました」
    だってさ。
    そりゃそうか、あれだけの宣伝・報道がされれば皆300円の安さうえに牛丼を求め足を運びもするさ。
    久しぶりの牛丼にありつくことも出来ず。2・11という日は終わった。

    米産牛肉輸入再開を求める吉野屋。輸入の審査基準はきまったが、輸入を再開するのはいつになるのだろう。審査基準は2転3転したが真に安全な審査基準なのだろうか。先日、国内で始めてのBSE感染によるヤコブ病患者が見つかった。再開をあせらせる側にも責任感のある行動が必要である。

    ”安全な”吉野家の牛丼が増田の口に入るのはいつの日か。




      明けましておめでとう御座います。           増田
    Date : 2005-01-09 (Sun)

    2005年明けましておめでとう御座います。2004年はどんな1年だったでしょうか?新歓LIVE、VIEP、関学OB会、夏ライブ、フレッシュマンLIVE、合宿、セッション、学園祭、合同LIVE、年末ライブ、昼休みLIVEと演奏を伴ったイベントだけでもこれだけあります。勉強、バイト、DEEPと時間のマネージメントに悩まされた人も多いと思います。それだけ、真剣に生活を送っただけに、得られたものは大きいのではないかな。

    1回生(特に楽器初心者だった人)は得られたものは大きいでしょう。9ヶ月前とは全く違った自分になって、ひと周り成長してるはず。今では時折、頼もしさすら感じる。

    2回生はDEEPSTREAM2年目ということで、自分はDEEPの一員であり構成員であることを自覚して、サークルを自分で動かし始めた人もいました。1回生の時に2,3,4回生にもらったモノを、今の1回生に還元した人も沢山いたように思います。来年度は、自分達が主となりDEEPを動かしていってくれ。

    「音楽的・人間的成長」この2つの目標を掲げたコンセプトゆえに議論は絶えず、問題も絶えないが、それに対して真剣に「解決しよう・向上しよう」と取り組むこと自体が成長と繋がっている。

    こんなサークルのなかで、スキルとイデオロギーに磨きをかけてください。




      年末を終えて…
    Date : 2004-12-28 (Tue)

    つちはしです。年末ライブお疲れさまです。今年ももう4日ですねえ。はあ〜早い(汗)
    今日はOPENにも書いたんやけど日記のほうにも(内容同じ)

    年末ライブお疲れさまでした!!DEEPの今年一年間の中でも、どのバンドも演奏面、演出面等こだわりが見えたライブだったと思います。13バンドという長いイベントでしたが最後まで楽しめたライブだったのではないでしょうか。

    今回僕は1番目とトリのバンドに出演させてもらいました。All Doubtではやりたい音楽をメンバーを募って完成させるというこだわりの面での面白さを、ザ深紫では初めての人ばかりのシャッフルメンバーで切磋琢磨しながらそれぞれの技術を磨いていく楽しみを感じました。ほんと楽しかった!メンバーのみなさんありがとう☆

    4回生のみなさん、青木さん。合宿は残っていますが外向けのライブとしては実質最後のライブになったことだろうと思います。イベントの最後のコメントでは上手く伝えきれませんでしたが、音楽的な面で勉強させられたこと、サークルの運営に関して議論しあったこと、そして何よりサークルの一員として仲良くさせてもらえたこと、どれもいい思い出であり、感謝の気持ちでいっぱいです。お疲れさまです!そしてありがとうございました!

    今回のライブで僕たち3回生の幹部の代も引き継ぐことになりました。副部長として頼りないところも多く、まだまだサークルに対してやり残したことも多いと思いますがこの一年間見守ってくれたみなさんに感謝しています。いろいろ議論する点はたえませんがDEEP STREAMいいサークルです☆(ふるさわのぱくり)

    まだまだ来年も顔を出します。みなさんよいお年を!来年もいっしょによい音楽をやりましょう!!








      第七回
    Date : 2004-12-25 (Sat)

     この日は、朝から水と食糧調達のために、本土のマーケットに行った。かなり賑わっていた。あちらこちらで子豚が引っ張られていた。競りに出されるのだろう。魚もよく売られていた。みな「1kgでバインティー」と言っていた。バインティーは20という意味(フィリピンで最初に覚えた数字)。マーケットではTシャツとピーナッツとスプライトとパンと小物入れを買った。マーケットでアポ島の長キャプテン・マリオのお兄さんたちとココナッツワインを飲んだ。お兄さんはサッカー元ブラジル代表にロマーリオにそっくりである。そこで、たくさんの卑猥な言葉を教わった(下ネタも万国共通なんだなと感心)。マーケットの道を水牛が荷物を引っ張って歩いていた。目の前を水牛が通り、少しビビった。すごい迫力。
     昼食にはマーケットに着いた時から注目していた豚の丸焼きを食べたかったが、高かったのでやめた(豚の丸焼きはビサヤ語で、リッチョンバブイ、バブイが豚)。代わりに魚のスープを食べた。良いダシがでていて、美味だった。スープを待っている時、目の前にバンジョーを持った流しのおっちゃんがやって来た。引き終わったあと、弾かせてくれと頼んで、弾かせてもらった。12弦ギターのような感じだったが、コードとかが分からず、教えてもらっても上手く弾けなかった。
     島に帰る途中、ボートからトビウオを見た。おそらく80mぐらいの距離を水面ぎりぎりを飛んでいた。跳ねるとかのレベルではなく、本当に飛んでいた。これには感動。ほとんど鳥。島に着いて、少し休憩してから、保護区域でシュノーケリングをした。保護区域というのは、そこで漁をすることが禁止されていて、ダイビングやシュノーケリングも規制されている区域のことで、そもそも僕達はその海洋保護を勉強しに行った。保護区域は保護されているだけあって、カラフルな魚がいっぱいいて、感動した。巨大な珊瑚もいっぱいあった。白黒しましまのウミヘビがいたので、逃げた。マーテンに潜り方を教えてもらい、潜ってみた。やっぱり耳が痛い。耳抜きしようとしても出来なかった。珊瑚のある所で潜ると危ないから、底が砂地のところで潜るよう言われたので、砂のところだけで潜っていたが、ナマコしかいなくて、イマイチ面白くなかった。先日、手のひらから流血していたこともあって、おとなしく先生の指示に従ったが。
     その後、島の唯一の教育機関である小学校の見学に行った。学校には、それまでに知り合っていた子供達もいて、ぼくらの名前を呼び、手を振ってくれた。先輩はタカヒロやから、「タカ」と呼ばれていた。僕は「ヒロト」と教えているのに、子供達は「グロト」と呼んでくる。「ヒ」の発音が難しいっぽい。もう「グロト」で良いやと思い。フィリピンではグロトを名乗っていた。なかなか人気者だったのだ。6年生のクラスを見学させてもらったが、みな積極的で活気のある授業だった。エコシステムについて学んでいて、結構授業内容はレベルが高く、感心した。下手したらECよりも上かも。。。。
     海岸で子供達と遊んだ。人懐っこくてかわいい。紙飛行機を作ってあげたら、喜んで遊んでくれた。取り合いが始まって、泣き出す子までいた。子供達は、「次は何をしてくれるのかな?」みたいな感じで、期待の眼差しで寄ってくるから、何とかしてみんなを喜ばせないと、と思い。結構プレッシャーを感じた。子供達と遊んでいるとき久々の、西欧人を発見。近づいて、話しかけても何を喋っているか分からない。おそらくスイス人である。英語を話せないのか、ひたすら「ジャポーン」を連呼していて、コミュニケーションをとれない。僕のTシャツに反応し、「チェゲバラッ!」を連発。いつまで経っても進展の無い交流に愛想をつかして、再び子供達のもとへ。次の日は、みんなで馬跳びでもしようとか考えながら、就寝。

    つづく                   佐柄裕大




      メリークリスマス☆
    Date : 2004-12-25 (Sat)

    つちーです。

    いやー年末ライブも近づいてきましたねえ。
    最近は毎日バンドの練習ばっかりっす。いつもは寿司ばかりだけどやっぱりシャッフルでコピーとかやるのも楽しいと感じている今日このごろ。

    年末は1番目とトリやから何かと意気込むところが多いんだわ。しかも幹部引退ライブでもあるしなあ。てなわけでクリスマスの今日も朝からスタジオ練習だったわけで、、、メンバーのみなさんごめんして。でも今この時間にオールスタ入ってるバンドもああるとききましたわ。すげー!!

    話は変わってなんやらかんやら(つーかお金か)最後の仕事をやっております。個人的にメールが届いた人はおとなしく部費を差出しましょう。

    年末ライブ成功するといいですね!みんなラストスパートがんばって!

    今日はまともな日記でした☆おやすみんぐ




      第六回
    Date : 2004-12-22 (Wed)

     朝、現地の人がでかい声で話をしているのを聞いて、目が覚めた。朝はマンゴーなどのフルーツ類を食べた。レストランの値段が高いから、この島ではひたすらフルーツ類を食べていた。朝食後すぐに海パンを穿き、初シュノーケル。僕は中学入るぐらいまで、ずっと水泳をやっていたので、マーテン教授の説明をあんまり聞かずに、結構水深が浅いところで、調子に乗ってクロールをした。そして、見事に手のひらを珊瑚にやられた。最初、かすったぐらいかなと思っていて、手を見てみると、かなりズバズバ切れていて、血が流出。しかし、マーテンに言っても、「だから言っただろう!」と怒られるのがオチなので、早く血よ止まれと願いながら黙っていた。珊瑚でケガをすると、傷口に珊瑚虫が入り込み、結構ヤバイらしい。それを聞いていたので軽く心配していた(後で自分で傷口から、珊瑚の破片を取り出したりしたし、結果的には何の問題も無かった)。海の中で、パタパタと泳ぐ鳥みたいな魚を発見。あとナマコとウニもいた。「ニモ」もいた、これには感動。
     しばらく泳いだ後、海岸で少し休憩していると、日本人ダイバーグループが集団で島にやってきた。こっちは、だいぶ現地人化していたので、日本人なんか来るなよと異常に敵対心を感じていた。こんな小さな島に来てまで日本人を見たくない、とまことに勝手なことを思っていた。
     昼食は、バナナの葉の上に載せられた白米と魚の干物とマンゴーと「ドリアン!」を食べた。箸などは無く、全て手づかみで頂く。干物はかなりうまいが、塩辛すぎる。これはご飯が進む。ドリアンはずっと異臭を放っていた。生ゴミの臭いがする。マーテン教授夫妻はムシャムシャ食べている。僕ら学生メンバーは皆ビビッて、なかなか食べなかった。女の子たちが少し食べていたが、野郎たちは逃げ出していた。先輩も少し食べていた。僕も、せっかくの機会やし、食べておこうと思い、好奇心もかなり沸いてきたので、恐る恐るドリアンを口に運んだ。かなり臭い。人間の食うもんじゃないと思った。どこを食べれば良いかもよく分からないし、見た目もドロドロ、ぐちょぐちょでグロテスク。しかし、慣れてくるとソーダアイスの味がして、結構食べれる味になった。一口目はおいしくないけど、二口目からはおいしい、というドリアン愛好者たちの言葉を理解できた。
     次に、島のベテラン漁師たちの話を聞いた。英語があまり喋れないらしく、聞き取るのがつらかった。彼らはビールとココナッツワインを用意してくれた。ココナッツワインも、ドリアンに次いで、臭いがだいぶヤバイ。ゴミの臭い。味は普通やったから、まあ飲めた(その後も、年配者たちに会うと、何かと「こっちに来てココナッツワインを飲め」と強要された)。その漁師たちのお話の最中、横ではTシャツ売りのおばちゃんたちが待ち構えていた。僕は島で少し知り合ったおばちゃんから買ってあげた。なんて義理堅い。160ペソぐらい、日本で買うと考えるとかなり安い。
     その後、島の若者達とバスケをした。島では、というかフィリピンではバスケが人気らしい。音楽といい、スポーツといいアメリカの影響が色濃い。向こうの連中はバスケがうまい、まぁこっちはサンダルでやっていた訳だが。
     夜は島の女性達に、話を聞く予定だったが、時間になっても全然来ない。彼女達はドタキャンした。ほんまにこの島の人は何と言うか、軽い。でも、そういう生活は結構好きだ。この日も大富豪&ディープストリーミングを楽しみ、就寝。

    つづく                            佐柄裕大




      第五回
    Date : 2004-12-16 (Thu)

     この日、アポ島に行った。アポ島はネグロス島の南東に位置するとても小さな島である。珊瑚礁がとてもきれいな、ダイバーの憧れの地だという。まず僕達が滞在していたドゥマゲティからジープニーというバスのようなもので海岸へ向かった。途中にCDショップでレッチリのCDを買った。425ペソぐらいだった。日本円で900円弱かな。お買い得。そして海岸についてから、バンカというモーターつきの小さいボートで島へ向かった。海岸からも肉眼で確認できるほどの距離だったが、45分ほどで島に到着。島に近づくにつれて、珊瑚礁が海中に見えた。海の色がどんどん変わっていき、エメラルドグリーンになった。僕のギターの色を薄くしたような感じだった。島に下りると、Tシャツ売りのおばちゃんたちが寄ってきた。後で買うからといって、そこを切り抜けた。
     そこにある唯一の宿泊施設に行った。外から見たところ、小奇麗で良い感じだった。男五人で一つの部屋に入った。合宿場のような、二段ベッドが二台、普通のベッドが二台の部屋だった(女性陣は三人で一部屋、しかも内装が豪華)。なんか中学・高校の合宿を思い出し、わくわくした。そして、そこの従業員の女性達が部屋に入ってきて、蚊帳をつけてくれた。蚊帳初体験。トイレを見に行くと、水道は無く、バスタブに溜めてあるのを桶ですくって使った。その後海岸を散歩。さんご礁がとてもきれいだった。全然人気がなかったので、先輩と一緒に集落の方へと歩いていった。すると子供達が寄ってきた。子供達は全く英語を話せなかったから、何を言っているか分からなかった。子供達は、口々に自分達の名前を言っている感じだったので、とりあえず、こっちも「ヒロト」と名前を教えた。  Sari-sari-storeという雑貨屋というか駄菓子やのようなところで、水を買った。最初、店の人がずっと「トゥービッグ」と連呼していたから、そのボトルが大き過ぎるって言ってるんかなぁ思っていたが。後で「トゥービッグ」はビサヤ語で水だということが分かった。その店にはとても綺麗な人がいた。以前、飛行機の中で認定したミス・フィリピンよりも綺麗だったので、改めて、その人を認定。本当に美人だった。モデルさんみたい。
     昼食は、宿のところにあるレストラン的な場所で食べた。街よりもかなり値段が高かったから、一番安い「egg noodle」を注文。思いっきり即席麺。懐かしの日本の味、エースコックの味がした。日本を恋しく思った。それと同時に、この先はこの「egg noodle」で乗り切ろうと決心した。
     夕方、アポ島の長であるキャプテン・マリオの話を聞いた。彼は約束の時間よりも三十分ぐらい遅れて登場、ここの人たちはかなり時間にルーズ。彼の話は、とても興味深く、みなメモをとりまくる。
     夜は、十時に島の全電力が止まるということで、風呂には入れなかった。初めて蚊帳の中で寝た。布団がじゃりじゃりしていて、寝にくかった。それと暑すぎる。そして十時を少し過ぎたところで、電気が消え、本当に暗黒になった。暗すぎて目が痛い。波の音がとても近くに感じる。遠くからは、何か動物の鳴き声も聞こえてくる。たまにガサガサっと隣の森で音がする。猿が木から落ちたのだろう。その後、しばらく男共でトークを楽しむ。深い込み入った話をするということを→ディープな話をする→ディープストリーム→今晩もディープストリーミングしよう!となっていき、この旅で、ディープストリームがちょっとしたブームに。
    就寝。

    つづく                             佐柄裕大




      練習!練習!練習!     増田
    Date : 2004-12-15 (Wed)

    今日もバンド練習をした。改めて、バンドで20時間は練習しようと意思を固めた。最低ラインが20時間だと思っていたがどうにか間に合うかという状況。まずいな。
    クォリティーを高めねば!




      ライブ!               増田
    Date : 2004-12-15 (Wed)

    C+とアーモンドのメンバーさん、昼休みライブお疲れ様でした。両方のバンドとも前のライブよりイイえんそうになってたよ。次のステージにまたきたいしてしまいます!がんばって〜。

    今日の昼休みはフライヤーも間に合って配ることができたのも良かった。西澤さん、NICEフライヤー制作ありがとう御座います。
    来週も昼ライブやるんで、そこでもガッツリ配っていきましょう!




      週末が過ぎ去ってゆく〜               増田
    Date : 2004-12-12 (Sun)

    今週の金曜は20時〜22時 24時〜29時とバンド練習があった。
    毎週金曜の夜は朝方までバンド練習。
    そして土曜はお昼過ぎまで寝る。へたすれば夕方まで。。。それから手付かずの物理実験レポートを夜中までやる。次の日もやる。
    この繰り返しがココんとこつづいてる。あぁ確立された生活リズム。

    やはり手付かずのレポートにはやはりはやくてをつけるべきである。




      携帯かえた。    増田
    Date : 2004-12-10 (Fri)

    2年ぶりに携帯をかえた。prosolidっていうやつ。
    最近、携帯ころころかえる人おおいな。裕福な人。
    増田はけちってカメラも無い携帯にした。でも、薄くてカッコイイからいいんだ。
    ※番号は変わってません。




      弦換えた
    Date : 2004-12-08 (Wed)

    おとつい弦を換えた。1〜2ヶ月くらいに1回は換えてるから、何十回もやっている作業ではあるがいまだにドキドキわくわくしながらやっている。
    いいね新品って!




      代車生活    増田
    Date : 2004-12-07 (Tue)

    おとといはK-106という関西発のフェンクインストバンドの演奏を見に三宮のブレスへいった。BBSにも書いたように最高でした。その一言で済ましちゃってイイことに今のところしとこう。
    やはり、あの場で得られるあのピッキングの感じとか空気感ってのは、家で一人ベースORギターを練習してもなかなかつかめるもんじゃないなと改めて思う。耳が肥えるほど音楽の奥深さって楽しい。deep部員にもどんどん沢山いい音楽を聴いて欲しい。できれば生がいい。

    先週、自分の車のエンジンの音が気に喰わないので工場送りにした。
    明日で1週間目の代車生活。大きな外車のセダンで運転になれるまでてこずったが、慣れると加速と安定感が病みつき。あぁ普通車ってこんなにもいいのか。
    でも、CDプレーヤーがついていないのがだいぶ痛い。車ではラジオを聞いている。そういえば、昨日、とあるバンドがラジオにでていたのをたまたま聞いた。「なんちゅう演奏をラジオに流しトンじゃ!ぼけ!」と思ってたら、DJが苦笑いしながらコメントしていた。本人らも認めていたが演奏はカナリ、、、で、こりゃエライコトになったと一人落ち込んでいた。
    たまに聞いたラジオがこんなで凹んだけど、今日は小野リサのボサが午前中に流れてたから意気揚々な1日だったからキルヒホッフとマクスウェルも友達気分だったのさ。




      手袋を手に                ますだ
    Date : 2004-12-02 (Thu)

    12月                                    さぶっ!
    最近手袋してます。季節先取りです。

    あとそういえば増田が参加しているガラムマサラの三枚組みビデオクリップ付きCDが完成した。300円で売ろうということになったが、売れば売るほど赤字は増すばかりということに気づかなかったのはなぜだろう。
    そういうわけで特に売りまくろうという気にはなれない。でも、結構いいCDだと思う人もいるかもしれないから多くの人が手にしたらいいのになぁ、とも思う。
    もしも興味を持ち「欲しい」と思った人は、300円+(増田にCDRを焼く気にさせる”何か”)を持って増田の元へ。




      第四回
    Date : 2004-11-29 (Mon)

     この日の日記は、だいぶ勉強的内容が中心のものとなった。この日は、かなり山の上の方にある湖に行った。そこに行くまでの途中、農業について研究をしているシリマン大学の人に色々なことを教えてもらった。植物の皮と土を混ぜて、その皮をミミズに分解させて、栄養分のある土を作る。その分解の手助けとして、水牛のフンを混ぜる。畑を等高線のように同じ高さに合わせて作り、作物を育てていた。畑にはオジギソウがたくさんあった。やっぱりオジギソウは楽しい、ついつい触りまくってしまう。

     次の場所では、挿し木を見せてもらった。異なった植物同士をくっつけるというのには驚いた。しかし、くっつけた後に枯れたりせずに成功するのは20%ぐらいだと教えてもらった。繋ぎ目から、根が新たに出てきていた。植物の生命力の強さを知った。

     その次は、山の上から、谷間にある釣堀を見た。それは商業用のものだと言っていた。そういった山で働いている人たちは、今よりももっと多く働こうと思えば働けるし、もっとお金も稼ぐことが出来る。しかし、彼らは争いが起こらないように、出来るだけ少ないお金だけを稼ぐようにしている。なかなか深いことを教わった。
     そこの周辺の丘は森があったり、草が生えているだけのところがあったりしていた。草だけのところは、焼畑農業によるものだった。定期的に森を焼き払うため、大きい木が育たず、草だけになっていて、それは家畜の餌となる。
     土地の所有者によって、土地の使い方に違いがある。長いタームで考えるか、短いタームで考えるかの違いである。そこに住んでいる人が生活のためにその土地を利用していくとすれば、その土地を持続可能なように使わなければならない。商業用に使うとなれば、効率良く土地を使い、どんどん土地の栄養分が無くなり、そこは持続可能ではなくなる。
     山の方で木の伐採などをして、土壌流出が起こると、当然山の方で被害が出るし、海の方でも土が流れてくると漁業にダメージを与える。すべての物事は繋がっている。これは大事やと思う。自然に手を加える時は、そこだけを考えるのではなく、それが影響し得る全てのことを考える必要がある。

     湖の周りを山登りした。サンダルやったから、とても苦労した。僕はフィリピン滞在中は、ほぼサンダルで行動していたので、足の親指と人差し指の間が、だいぶ痛い状態になっていた。指も少し伸びたのではないかと思う。サンダルで山登りする人も、あんまりいないだろう。湖では、富栄養化が起こっていて、酸欠状態の小魚が浮いてきていた。死んでいるのもいた。そのことついて、マーテン先生(ヒューマンエコロジーの偉い先生)は熱く語っていた。
     その湖畔で、先輩がキラーアンツに襲撃されていた。誤って巣を破壊してしまい、アリ達の怒りをかったらしい。二つの赤い斑点がセットでついて、だいぶ痛そうだった。
     最後にドゥマゲッティ近くの、動物愛護センターのようなところに行った。そこでモヒカンのイノシシとその子供のウリボウや巨大コウモリを観察。コウモリは結構かわいい。やっぱり動物を見るのは楽しい。みなさん、動物奇想天外観ましょう。

    そんな感じで、この日は勉強チックなことが多かった。就寝。

    つづく                          佐柄裕大




      やっと
    Date : 2004-11-23 (Tue)

    こさ免許とれました。 はあーほんまやっとです。あ、つちです。

    金曜日に試験を受けるため実家に帰り、土曜日は新居浜市でぶいぶいいわして練習してました。でもあれやね、やっぱ発進で下がると鳴らされるね(汗) 勘弁してください、マーク貼ってないけど初心者なんで。みっしょんなんで。。

    そんで来週からもう廃車寸前のKがやってきます。うちで10年以上乗ってたやつです、はずかしくて学校なんか乗っていきたくないんだけど、冬の原ちゃよりはマシなのかな。 やからつっちーin車を発見しても見て見ないふりをしてください(笑) 
    1年後にはばっちり乗り換えます!宣言してみた火曜の夜でした。そんだけ 

    あ、今日カテキョ3時間半やってやりました!明日は4時間以上やると思われ。できの悪い生徒のテスト前はやばいね(^^)じきゅにせん  




      第三回
    Date : 2004-11-18 (Thu)

     この日は、シリマン大学というなかなか大きな大学に講義を受けに行った。この大学は海洋保護を盛んに行っていて、それを始めたアルカラという偉い先生の講義だった。久々に頭をフル回転して話を聞いていたので、とても疲れた。久々の勉強。アルカラ氏の後は、地元の女性ジャーナリストのプレゼンだった。アルカラ氏よりもだいぶ聞き取りやすい英語で良かった(フィリピンの人の英語は、非常に聞き取りにくい。小さな島などでは、だいぶヤバイ。rの音をルと発音するので、computerをコンピューテル、serviceをセルビスというような感じだ)。
     大学で用意してくれた昼食は、とてもおいしかった。牛肉の煮込み、白身魚のフライ、イカリングフライ、白米、サラダ、蟹スープ、フルーツ盛り合わせ(マンゴー、パイナップル、ジャックフルーツ、スイカ)。スープがかなり旨かった。スープに白米を放り込み、蟹雑炊として食する方もいた。ジャックフルーツは何とも言えない、おもしろい味がする。ハッカのような、薬のような。その後、大学敷地内で飼育されている、ワニと巨大な貝を見た。
     昼から、山登りに行った。僕たちの滞在していたドゥマゲッティは原付が異常に多い、そのほとんどはカブである。老若男女問わず、みんなバイクに乗っていた。山へ行く途中、川で洗濯をしている夫婦がいた。夫も一緒に手伝っていて、素晴らしい光景だった。山から下りてからも、まだ洗っていた。相当長い時間洗っていた。途中にプールを発見、かなり濁った水だったが、みな楽しそうだった。入っているのはほとんど男、、、(女性は1人)
     山では、民家から「キロロ」や「セリーヌディオン」が爆音で流れていた(フィリピンではキロロがやや人気があるらしい、向こうでたびたび彼女たちの歌を耳にした)。家同士がある程度離れているので、彼らは思う存分音楽を楽しんでいた。カラオケを、これもまた爆音で楽しんでいるオヤジもいた。山の中腹で、子供たちが木で作った自転車のようなもので坂を下っていた。別の子供たちに、謎の果実をもらった。一応食べたが、かなりすっぱかった。
     その山を下りた後、別の山に登った。そこではたいしたイベントも無く、帰り道で、ヤシの実サッカーをしたぐらいか。上る途中に、銃声が聞こえた。おそらく猟をしていたのだろう。
     夜、みなは無難なピザ屋とかに入る中、僕と一緒に行っていた先輩だけは怪しげな食べ物屋に入った。そこは焼き鳥屋のような感じで、鶏の照り焼きとハート、カワ、おにぎりのようなもの(硬い米が思いっきり固められ、植物の皮を編んだもので包まれている)、スープ(こちらはサービス)を食べた。薄暗い店内で、屋根も無く、少女たちが働く何とも言えない店だったが、味のほうは日本とほとんど変わらないもので美味。ほとんど一本3ペソ(六円ぐらい)、照り焼きだけが、30ペソ!高すぎる。ボッタクラレタカ、、、、
     その後、海岸を歩いた。そんでコンビニで水と菓子を買った。店では学生らしき人たちが生演奏を行っていた。終わってから話しかけようと思い、仲間三人で最後まで演奏を聞いていた。終わってから、話しかけギターを少し弾かせてもらった。飛び入りで日本の曲を何か演奏してくれ、と言われたが、彼の使っているのはクラシックギターだったし、一曲まるまるコードが分かる日本の曲がすぐに浮かばなかったので、出来なかった。これは、かなり後悔。
     このギタリストの名前は「ジョーペッツ」。彼のバンドメンバーは他に、パーカッション兼ボーカルの「名前を忘れてしまった、笑顔素敵な男」、女性ボーカルの「こちらもまた、名前を忘れてしまった。たしかアイリーン。彼女はほとんど笑顔を見せない、難しそうな女性だったので、僕たちはクールビューティーと名づけた」クールビューティーは、ディープの某ボーカルの方に似ていた。フィリピン版○○さんかな。
     彼らがバイクで街を案内してくれると言うので、彼らのバイクの後ろに乗り、街を一周した。途中でレゲエを生演奏でやっている店があった。入りたかったが、断念。元の店に戻り、ビールをおごって貰った。しばらく彼らと話をして、音楽を通しての異文化交流を楽しんだ。彼らは24才周辺。ジョーペッツはエレクトリック・エンジニアだという。11時頃まで話を続け、かなり楽しかった。その会話の中で、フィリピン語を教えてもらった。初めて知った言葉は「グゥワッパガヨカ」日本語では、「あなたはきれいですね。」みたいな感じ(この言葉は、この旅の中でとてもお世話になった。最頻出ワーズである)。こっちも「かわいいね」などを教えてあげた。あとは「愛してる」とか、「crazy」の日本語訳として「イッちゃってる」も教授した。
     その時も、他の学生が演奏をしていた。OASISを二人でやっていた。かなり上手で、かっこよかった。ノリノリで聞いていたら、終わってから、その歌っていた大きな髭の人が話しかけてきてくれた。名前は「マーク」。かなりの大男で熊のようで、かわいい感じだった。一緒に写真を撮った。彼はかなりの人気者のようで、見るからに良い奴って感じだった。
    次の日の出発が朝早かったので、寂しかったが、ホテルに帰ることにした。ホテルまではバイクで送ってくれた。ほんま良い奴たちだった。かなり切ない気持ちで、「ありがとう」「サンキュー」「ダッグハムサラマットゥ」と言ってバイバイした。
     現地の学生と交流が出来て、本当に楽しい嬉しい貴重な時間を過ごせた。音楽は世界共通だということを実感した。音楽ってすばらしい!
     次の土曜日に、また会えたら良いなと思いながら、就寝。
    つづく                           佐柄裕大




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